あの時代とマイケル・ジャクソン
80年代から90年代にかけて、私は中学、高校、そして大学時代を過ごした。
あの頃、マイケル・ジャクソンの音楽と映像は、あらゆる場所にあふれていた。
ラジオ、テレビ、CDショップ、レンタルショップ、学園祭や各種イベント――まるで「ナイルの恵み」のように、彼の存在は街のすみずみにまで行き渡っていた。
『スリラー』『バッド』『デンジャラス』の音楽とパフォーマンスは、あの時代の日常そのものだった。
映画『マイケル』で再現された数々のステージは、私の記憶と鮮やかに重なり、耳慣れたリズムに自然と体が反応する。
まだアメリカが純粋な憧れだった時代。そのアメリカンドリームを体現した極上のミュージカルとして、この映画は十分に楽しめる作品だ。マイケルの音楽とパフォーマンスがあれば、それだけで心を満たしてくれる。
しかし、この映画だけでマイケル・ジャクソンという人物、その生涯を語るべきではない。
映画を楽しみながらも、そんな思いが静かに胸をよぎっていた。
完璧すぎたエンターテインメント
あの頃のマイケル・ジャクソンは、あまりにも完璧なエンターテイナーだった。
そして、あまりにも完璧だったからこそ、私たちはその本当の凄さを十分に理解できていなかったのかもしれない。
実を言えば、私は熱狂的なファンではない。世界中で売れた彼のアルバムを、一枚も所有していない。
その一方で、MTVの映像集やブカレスト公演のライブビデオは何度も繰り返し観ていた。つまり当時の私は、「偉大なパフォーマー」として彼を見ており、「偉大なシンガー」として認識したのは少し後になってからだった。
きっかけは、テレビで放送された『エド・サリヴァン・ショー』の特集である。
ジャクソン5として出演していた幼いマイケルの歌声を聴いた瞬間、その豊かな響きと圧倒的な表現力に息をのんだ。
前後に流れたミック・ジャガーやエリック・バードンの歌声さえ、幼いマイケルの前では色あせて聞こえてしまった。それほど衝撃的だった。
そう。あの歌声とダンスの融合こそマイケル・ジャクソンだった。
精密でありながら官能的なダンス。
そして魂の叫びをそのまま響かせるような歌声。
私は、この完成されたエンターテインメントが、これからも世界に届けられ続けるものだと、どこか無邪気に信じていた。
不遇の時代と、ざらついたサウンド
90年代半ば、日本は長い不況の時代へと入っていった。
私自身も転職を繰り返し、先の見えない日々を過ごしていた。
ちょうどその頃、マイケルもまたスキャンダルやレーベルとの対立に巻き込まれ、音楽活動は停滞していく。
当時を思い返すと、頭の中にはピクシーズやパール・ジャムのざらついたサウンドが流れてくる。あの陰鬱な空気が、時代そのものを象徴していたように思える。
社会全体が重苦しい表情を浮かべるなか、マイケルについて語られるのはスキャンダルばかりだった。
やがて彼は、「過去のスター」として扱われるようになっていく。
私も音楽以外の話題には耳を塞ぐようになっていた。
2000年代に入り、ようやく本格的な復帰が伝えられた矢先、世界を駆け巡ったのは突然の訃報だった。
皮肉なことに、人々は失って初めて、その存在の大きさに気づかされたように思う。
映画『This Is It』で死の直前のリハーサル映像を観たとき、私は改めて確信した。
マイケルは決して過去の栄光を生きていたのではない。
長い不遇の時代にも、彼は音楽とダンスに向き合い続けていた。
だからこそ、彼から奪われた時間によって、私たちもまた多くのものを失ってしまったのだと感じる。
栄光は蘇る。しかし消えない思い
映画『マイケル』の公開によって、彼の楽曲が再び街に流れ始めた。
インターネットには輝かしいパフォーマンス映像があふれ、多くの人が改めて彼を称賛している。
その光景は、素直にうれしい。
しかし同時に、どうしても拭えない思いがある。
かつて多くのメディアや人々は、彼を「変態」「異常者」「奇人変人」と呼び、面白半分に消費していた。
彼を執拗に叩いていた人々は、一体どこへ行ってしまったのだろう。
これほどマイケルが再評価されている今でも、当時の過熱報道や偏向報道を振り返り、自らの姿勢を反省する声は、ほとんど聞こえてこない。
映画『マイケル』では描ききれなかった、あるいは意図的に描かなかった現実を、私はリアルタイムで見てきた。
だからこそ、静かな怒りが胸の奥に残っている。
人は、自分が誰かを傷つけたことは驚くほど簡単に忘れてしまう。
けれど、自分が傷つけられた記憶は、容易には消えない。
マイケルが抱えていた悲しみを、本当に知ることのできる人は誰もいない。
この気持ちを、私はまだうまく言葉にできない。
けれど、もしマイケル・ジャクソンだったなら、このどうしようもない感情さえ、一つの美しい音楽へと昇華したかもしれない。


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