『エージェント17』――上質な娯楽小説と、浸食する現実

 読書

軍事行動のいかがわしさ

2026年3月に始まった米国の軍事行動に、世界は混乱している。同盟国であるイスラエルとすら足並みが揃わず、停戦の兆しも見えない。かつてのイラク戦争のように、泥沼化する様相さえ呈し始めた。
そもそも、今回の攻撃理由は説得力に欠ける。誰もが「やりすぎだ」と感じながら、それを口に出せない偽善的な空気に世界が覆われている。エネルギー産業や軍需産業の利権が絡んでいることすら、もはや隠しきれていない。誰かがどこかで膨大な利益を得ている――。
そんな疑念が頭をよぎるのは、昨年読んだジョン・ブロウンロウの『エージェント17』が記憶にあるからかもしれない。

主人公を追い詰める陰謀

最強のエージェントとして任務を遂行する「17」は、ある時、中東に関わる巨大な陰謀に巻き込まれる。正体不明の敵による襲撃をかわしながら、困難な任務を遂行し、闇に埋もれた真実を暴こうとする。
ジョン・ル・カレのような重厚なスパイ・スリラーを期待して読み始めた私は、当初少し戸惑った。実は本作、イアン・フレミングばりのノンストップ・スパイアクションだったからだ。
例えるなら、コーヒーを飲むつもりで口をつけたら、中身がコーラだったような感覚。だが、コーラだと分かってしまえば、それはそれで美味い。一気に飲み干すように、物語へと引き込まれてしまった。冒険小説好きにはたまらない一冊だ。

映画的なエンターテインメントの極致

物語は主人公の一人称視点で語られ、短い章がテンポよく積み重なっていく。
主人公はスパイというより、暗殺のプロ。容赦なく敵を排除していく姿は「ジョン・ウィック」を彷彿とさせる。一方で、卓越した頭脳でピンチを切り抜ける緊張感は「ジェイソン・ボーン」シリーズに近い。
また、伝説の前任者「16」との死闘、そして共通の目的のために共闘する展開は、寂れた田舎町を舞台にしていることもあり、懐かしの西部劇を観ているかのようだ。クライマックス、ヒロイン救出のために敵陣へ乗り込むアクションは「ミッション・インポッシブル」そのもの。脳内ではトム・クルーズが走り回ってしまう。
エンターテインメント精神に溢れた一冊として、満足した気分で読み終え、そしてそのまま忘れていたはずだった。

現実感のない戦争、浸食する虚構

しかし、米軍による軍事行動が現実となった今、ふと思う。「これは『17』が陰謀を阻止できなかった世界線なのではないか」と。 あまりに小説の設定とリンクしすぎていて、現実と虚構の境界が曖昧になる瞬間がある。「事実は小説より奇なり」とはよく言ったものだ。 皮肉なことに、小説の中の登場人物たちの痛みや苦しみを、リアルに味わっていた。それなのに、今この瞬間、現実の戦闘に巻き込まれている人々の痛みは、どこか遠い出来事のように感じてしまう自分がいる。 現実の方が、虚構よりもはるかに狂っているのかもしれない。 今更ながら、苦い読後感が泥のように湧き出してくるとは思いもしなかった。

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