作家と読者の波長
「村上春樹の小説の何が面白いのかわからない」と、以前ある芸能人がテレビで発言していた。それを聞いて、単に「波長が合わないのだろうな」と思ったことがある。
個人的に、面白いと思える作家は「波長が合う」、つまらないと感じる作家は「波長が合わない」と考えることにしている。世評の高い作品が楽しめなかったとしても、「波長が合わなかったのだ」と自分を納得させている。
波長が合わないと、読書に集中するのは難しい。その要因は様々だ。作者の思想なのか、文体なのか、ストーリー展開なのか、あるいはそのすべてなのか。
村上春樹の小説がベストセラーになるくらいだから、波長の合う人は多いのだろう。 しかし、話題性だけで手に取る人もいるため、波長が合わず「つまらない」と感じる人も出てくる。発言していた芸能人も、おそらくその一人だったのだろう。
私にとって村上春樹は波長の合う作家だ。そこで最新作を読みながら、どのあたりが楽しめるのかを探ってみた。
いつもの馴染みある世界
書店に山積された新刊を手に取るも、購入するまで少しためらった。 3年ぶりの新作長編だが、前作や前々作も読んでいるわけではない。好きな作家ではあるが、決して熱心な読者というわけではないので購入した新作もしばらく放置していて、ようやく読み終えた。
なんというか、読む前からそこにどのような物語があるかはわかっていた。 「現実世界にうまく馴染めない主人公が、現実と非現実の狭間で冒険をするのだろう」と。
物語は、主人公の夏帆が、モーターサイクルの男、アリクイの夫婦、悪いジャガー、シロアリの女王といった具現化したメタファーと接しながら、母親との確執というこれまで目を背けてきた人生の問題に向き合う、というものだ。
武蔵境や浦和といった馴染みある地名でありながら、現実とは何かが異なる世界。 その現実感が希薄な世界の、あまりにも個人的な物語は、文学に厚みや重みを求める人には物足りなく映るかもしれない。不条理に満ちた世界を、童話のようには受け入れられない読者もいるだろう。
だが、それこそがファンが望む物語だ。娯楽として楽しむ小説の世界にまで、直視しがたいありのままの現実を求めてはいない。それでも、時として理不尽な現実と向き合わなければならなくなったとき、孤独に世界と対峙する主人公たちから勇気をもらうことができる。
もっとも、小説を読んでいる最中は、そんな難しいことは考えていないのだけれど。
喚起される無関係なイメージの世界
作者が散りばめる固有名詞や比喩が、読む者を小説の世界へ巧みに迷い込ませる。 それと同時に、読者の心には小説とはまったく無関係なイメージも浮かび上がってくる。
例えば、主人公の描く絵本に「スカーレット・ヨハンソン」という猫が登場する。確かに女優のスカーレット・ヨハンソンはかなり猫的だ。ツンと澄まして不機嫌そうな印象が、そう思わせるのかもしれない。
だが考えてみると、女優とは皆、多かれ少なかれ猫的な存在のような気もしてくる。 逆に男優は犬的な存在感が強い。だから映画は「猫的存在」と「犬的存在」で組み合わされているのではないか——。でも、そんな区分けは、そのうちポリコレに引っかかるかもしれない。
読書中にそのような思考の脱線が頻繁に起こる。そこには、作品をきっかけに生まれた自分だけの世界がある。この脱線を楽しむことこそが、村上春樹の小説を読む醍醐味ですらある。
そしてこの新作では、これまで村上作品を愛読してきた読者ならではの楽しみ方もできる。
青春小説としての面白さ
過去の村上作品には、『ダンス・ダンス・ダンス』や『アフターダーク』など、主人公の前に魅力的な少女たちが登場してきた。 その少女たちはガラス細工のように、芯の硬さと脆さを併せ持っていた。作品を読み終えた後も「あの少女の運命はどうなったのだろうか」と、いつまでも余韻を残す存在だった。
今作の主人公・夏帆は、そうした少女たちが成長した姿として映る。 孤独気味ではあるが、しっかりと自分を持った女性として、これまで目を逸らしてきた問題に立ち向かっていく。これは、本当の大人になるための通過儀礼を描いた青春小説でもあるのだ。
村上春樹の作品は、常に喪失と成長を描く青春小説だった。 主人公たちは、人生で立ち向かわなければならない個人的な課題にさらされる。その課題は、形而上学的な理不尽さとして現れることが多い。
夏帆も戸惑いながらそれに立ち向かうことで、見えない束縛から解放され成長を果たす。主人公はこれからも様々な問題に巻き込まれるだろうが、「おそらく大丈夫だろう」とその成長に読者は安心することができる。
リアリティのある小説ではない。だが、誰もが経験する青春がそこにはある。 大人として生きる本当の苦しみは他人からは見えない。しかし村上作品では、それがメタファーとしてあらわれる。そのメタファーが、見えない苦しみを主人公や読者に認識させてくれるのだ。
もしかすると一部の優れた人々は、自分の課題を明確にして解消することで、成功した大人になるのかもしれない。 だが多くは、自分の抱える問題が何かわからないまま、なんとなく大人になってしまう。そして「青春という宿題を終わらせていない」ことを気にしながら、日々を過ごすことになる。
今作の主人公・夏帆は、そんな我々の宿題を代わりに片付けてくれる。それは決して完璧な仕上がりではないけれど、少しだけ気がかりなことが軽くなる気がするのだ。
村上春樹の小説は、若い読者にとってはこれからの人生を少しだけ気楽なものにしてくれて、長年の読者には人生の重みを少しだけ軽くしてくれる。そんな読み方ができる小説だ。
個人的には、今回も波長が合って楽しむことができ、とてもよかったと思う。

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