『金枝篇』の迷宮:知的好奇心が爆発する「脱線読書」の贅沢な時間(その3) 

金枝篇を読む
身近な古代呪術

◎ プロローグ:『金枝篇』が刺激する過去の読書体験

『金枝篇』という書物を知った経緯を思い出せない、と以前書きました。

フレイザーの描写する古代の**「野蛮さ」**を残す慣習を延々と読んでいると、高校生時代に熱中したヒロイックファンタジーの世界を思い出します。特にロバート・E・ハワードの『英雄コナン』シリーズは、その影響が大きかったように感じられます。もしかすると、当時読んでいた文庫本の解説で『金枝篇』について触れられていたのかもしれません。

パルプフィクション(大衆的な娯楽小説)と呼ばれたにもかかわらず、架空の古代世界を舞台にした物語は、不思議なリアリティがありました。あたかも失われてしまった文明で、実際にそのような出来事があったのではないかと思わせる力です。

物語は、陰謀が渦巻き、呪術がはびこり、魔物が巣食う世界で、蛮族コナンが剣と力で生き残るという単純なもの。しかし、彼の持つ異常なまでの生命力生への執着心が、強く印象に残っています。

最近、アニメのファンタジーで、主人公があっさり死んでしまい、魔法でこれもあっさり生き返る展開を見て驚いた記憶があります。同じファンタジーでもバックボーンがゲーム的で、そこにフレイザーの影響を見いだすことはできません。

◎ 第2章:「魂の危機」—古代における死との距離

『金枝篇』の第2章は「魂の危機」と題されています。

第1章では、古代人にとって脅威でもあり恵みでもある自然を神とみなし、その化身として王や司祭が選ばれることが語られました。第2章では、その神聖な王や司祭に課せられる**掟、すなわち「タブー」**がどのように生じたかが考察されます。

古代において、死は現代とは比較にならないほど身近な存在でした。新生児の生存率は低く、病気や怪我は死に直結する。自然災害や長い冬も、遥かに多くの命を奪い去りました。

科学技術や医療が未発達な時代に生き延びるための手段として、自然神に対する祈りや呪術が生まれ、やがて慣習となった。その行動が現代人にとって不合理に映るのは、未開人にとってそれが**「魂を護るための行動」**であったからです。

◎ 古代のタブー:魂を護るための実践

古代において、生命は肉体と魂で創られており、肉体から魂が失われた状態がすなわち死と考えられていました。未開な地域で魂を護るためにどのような慣習があるか、フレイザーによって膨大な実例が示されています。

最もわかりやすい例えが「写真に撮られると魂が抜ける」といった迷信です。この迷信が生じた理由は、「魂」という概念が、未開な世界では実存として認識されていたからです。

人々は魂を護るために慣習を生み出し、その慣習を破ることはタブーとなりました。タブーとは、死から身を護るために生じた行動、と言い換えることもできます。

神性を持つ王や司祭は、その魂を護るために、より多くのタブーを強いられます。それがまた彼らの存在を、より特殊なものへと高めることになりました。

◎ 現代人にとっての「生と死の重さ」

現代人にとっても魂の概念は身近なものだと思います。

初めて身近な人の死に接したとき、確かに肉体から何かが失われたのだと感じました。つい先日まで会話を交わしていた相手が、今は眠るように横たわっている。もう二度とほほ笑むことはない。そう思うと、何とかしてその肉体に、失われた魂を呼び戻せないかと考えてしまう。

そうした思いや願いは、古代の人々とさほど違いはありません。

しかし、現代人にとって生と死は、古代の人々ほど現実感を持たないのかもしれません。

私が50代半ばで会社を辞めた理由の一つに、人生の終わりを意識し始めたことがあります。しかし、それは死に対する恐れというよりも「老い」に対する恐れでした。

これまでのところ『金枝篇』では「老い」については深く語られていません。古代においては「老い」を恐れる心配はほとんどなかったのかもしれません。「老い」よりも「死」のほうが遥かに身近な存在であったからです。

アメリカの医師ダンカン・マクドゥーガルが、人が死ぬときに体重から21グラムが失われ、それが魂の重さであると提唱した話があります(もちろん科学的な根拠はありません)。

しかし、私はその魂の重さについては否定しきれないでいます。

しばらく前のニュースで、日本の若年層の死因で一番多いのが自殺であると聞きました。

現代社会に生きる多くの人々にとって、死はあまり身近な存在ではなくなっています。

その為に、人によっては生きることが、死よりも恐ろしく苦しいと思えるのでしょうか?

もしかすると私たち現代人の「魂」の重さが、古代の人々に比べて軽くなってしまったのではないだろうか?—『金枝篇』を読み進めるうちに、そんな問いが浮かび上がってくるのです。

忘れられた古墳と神社

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